大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和38年(ヨ)54号 判決 1963年5月13日

申請人 杉山孝夫

被申請人 株式会社 細川商店

主文

被申請人が昭和三七年九月三〇日付で申請人に対しなした解雇の意思表示の効力を申請人が被申請人に対して提起すべき本案判決の確定するまで停止する。

被申請人は申請人に対し昭和三八年五月一日より右本案判決の確定するまで毎月末日限り、金一二、〇〇〇円を支払え。

申請人その余の申請を却下する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

申請人代理人は、「被申請人が昭和三七年九月三〇日付で申請人に対しなした解雇の意思表示の効力を申請人が追つて提起する本案判決確定に至るまで停止する。

被申請人は申請人に対し昭和三七年一〇月以降本案判決確定に至るまで毎月末日限り金一二、六〇〇円を仮に支払え。訴訟費用は被申請人の負担とする。」との裁判を求め、申請の理由として次のとおり述べた。

一、被申請人会社は洋服等の製造販売を営む資本金三〇〇万円の会社であり、名古屋市西区深井町一〇七番地に縫製工場を有し、工員等二四名を使用し、他に一〇名位の従業員を使用して製品の販売店を有しているものであり、申請人は昭和三二年四月二日より被申請人会社の従業員となり前記縫製工場において縫製工として働いていたものである。

二、被申請人会社には労働組合はなくその為労働時間、時間外労働に対する割増賃金の支給等、労働基準法に規定された労働条件も遵守されていないことが多く、又申請人等従業員の宿泊する被申請人会社寮についても専属に炊事を担当する者もなく申請人等寮生従業員は仕事終了後疲れた体で自分達で炊事をしなければならない等寮の設置について不十分な点が多々あり、従業員の中に右の諸点を改善する要望が強まりつつあつた。

三、そこで申請人は前記労働条件等の改善は従業員により労働組合を結成し会社と交渉することが最善であり必要であると考え、労働組合結成の為の第一歩として昭和三七年九月二六日頃寮生従業員を中心とした従業員の座談会を開催すべく他の寮生従業員にはたらきかけ、多数の賛成者を得て同年一〇月一日に右従業員座談会を開催することになつた。

四、しかるに座談会開催に関する申請人の行動を察知した被申請人は工場長加藤秀雄をして同年九月二九日作業終了後申請人を呼び付けさせ申請人が労働組合結成の準備として座談会を開くこと、及び「歌う会」に他の労働者を勧誘したことは労働者を悪の道に誘うものであるから直ちに止めよ、さもなくば解雇する今夜一晩よく考えて来いと申向けた。翌三〇日申請人は、被申請人会社代表者夫人、工場長他数名の幹部の前に呼び出されたが、その席上において、申請人は自己の行動は労働者として正当な行為であり今後中止する意思がない旨回答したところ被申請人会社幹部は本日を以つて解雇する旨述べたので申請人が文書により解雇の意思表示を明確にするよう要求したところ、被申請人会社は昭和三七年九月三〇日付解雇通知書をもつて申請人が寄宿舎生活の秩序を守らず風紀を乱したこと、夜一〇時過ぎに帰宅し他の労働者を煽動し悪の道にさそう行為をしたことを理由として申請人を解雇する旨通知して来た。

五、しかしながら、本件解雇は不当労働行為であるから無効である。本件解雇は前述の如く申請人が労働条件等の改善向上のためには労働組合の存在が必要であると考え組合結成の準備として従業員の座談会を開催しようと他の労働者を勧誘したこと及び右従業員の座談会を開催させない目的の下になされたものであり労働組合法第七条第一号中の労働組合を結成しようとしたことの故をもつて労働者を解雇したことに該当するものであり無効である。

仮りにそうでないとしても右解雇通知書に記載されたような事実は全くないから解雇理由を欠き解雇権の濫用として本件解雇は無効である。

六、よつて申請人は被申請人会社に対し解雇無効等本訴を提起すべく準備中であるが何分にも無産の労働者であり、労賃のみが唯一の生活源であるから、本件解雇により寮を追い出され且つ収入はなく現在その生活に全く困窮しており、本案判決の確定をまつては回復することの出来ない著しい損害を蒙るものであるから仮に右解雇の意思表示を本案判決確定まで停止することと、解雇の翌月より本案判決確定まで毎月末日限り平均賃金一二、六〇〇円を支払うことを求めるため本申請に及ぶものである。

被申請人代理人は「本件申請を却下する。訴訟費用は申請人の負担とする」との裁判を求め、申請人の申請の理由に対して、

申請人主張の事実のうち第一項は認める。第二項中被申請人会社に労働組合のないこと、同会社の寮には現在専属炊事婦のないことは認めるがその他は否認する、第三項は不知、第四項中昭和三七年九月三〇日付書面をもつて申請人主張の理由で申請人に解雇通知したことを認めその他は争う、第五、第六項は全部否認すると述べ、

被申請人の主張として次のとおり述べた。

一、被申請人会社が申請人を解雇するに至つたのは次の事由による。

(一)  業務に従事中雑談多く他人に話しかけて他人の迷惑を顧みないのみでなく団体生活をみだしながら幹部の注意を受け入れないで反抗的態度に出る。

(二)  寮生活をしながら門限の夜一〇時過ぎに時には飲酒して帰寮し夜遅く迄他人に話しかけて翌日の就業に迷惑をかける事も度度あり、時には朝帰寮することさえあつた。

(三)  被申請人会社は当初は寮専属の炊事婦を置いて食事を世話させていたところ炊事婦の料理を好まぬ者もあつて寮生従業員の総意で外食弁当に切替えたが後日寮生従業員が自ら炊事する旨の申出があつたので、寮生従業員交代で炊事することとして現在に至つているのに二、三年以前から申請人一人が団体生活をせず勝手に外食に出かけ他に迷惑と不快を与えている。

(四)  昭和三六年の正月及び盆の休み中の宿直の如きは他人にやらせて自分の責任を果さない。

(五)  被申請人会社の仕事が多忙となり残業の必要ある時でも容易に協力せずその上他人に残業を止める様勧誘してこれを妨害るの態度に出ることも昭和三七年八月中に度々あり、また昭和三五年に一度無断欠勤して作業に支障をきたしたこともある。

(六)  被申請人会社は仕事場(工場)の階下を寮として男子の縫製工一二、三名を居住せしめ他の女子寮に六、七名の女子工員を居住せしめていたもので、申請人は入社以来右男子寮に居住していたところ女子寮には男子工員の出入を禁じてあるのにこれに従わず女子寮に夜遅くまで話に行つたり座談会と称して誘いに行くことがあつた。

(七)  昭和三七年四月頃から度々自分はこの商売をする気はない会社に永くいる気はないから辞めたいと公言している。

二、被申請人会社の寮には男女共に寮則なる明文の規則こそないが夜間帰寮時間は一〇時であり寮の当番が寮の秩序を維持し取締ること、男子工員が女子工員寮には特別の場合でなければ入らないことは工員の入社に際し労働条件と共に明示してあり工員全員が承知の上採用されているのであるから申請人も十分に了承の上入社しているのであつてこの寮則は会社の永年の慣習である。

被申請人会社の従業員は永年勤続する目的の人が多いから他の会社と異り家族的であり互に信頼関係により今日まで平和な雰囲気の下に各社員が協調経営して来たのである。大企業会社の如く就業規則も寮規則も別に明文を以つて表示する要なく今日まで労使とも単に口約または慣行に従い信義則を基盤として労使協調して職場の秩序を維持し経営に支障なかつたのである。

然るに申請人の従来の就業状況等を見ると前記解雇事由(一)乃至(七)の如き不当な言動多く同僚からも嫌悪され不和であつたので会社としても適当な時機に注意して反省を求め、もし応じなければ適当な措置をとろうと考えていた折、昭和三七年九月二九日工場長加藤秀雄は申請人を呼んで夜間帰寮の遅い事由を尋ねたところ申請人は「歌う会や民主青年同盟へ行くから遅くなるが自由は束縛されない」と答えた。そこで工場長は「遊ぶのもよいが時間には帰つて真面目に働いたらどうか。家へ帰つて一晩考え、親にも相談して来い」と忠告したのである。翌三〇日加藤工場長より右の経過を聞いた会社の社長夫人は工場長の求めによつて工場に行き工員に対し「君等は夜歌う会とかに行くとのことだが如何なる会であるか、如何なる人がやつているのか私が調べてみるからそれまで行くのを見合わせたら如何か」と相談すると全部の工員は賛成したがその席上へ申請人が来て「歌う会へ行くのがなぜ悪いか。」と反抗的態度に出たので夫人は「何故事毎に反抗するのか店に居るのが嫌なら辞めなさい」と注意し、傍の工場長が申請人に「親の意見は如何であつたか」と尋ねると「親は店のいうことを守つて勤めよというが私は自分の道を行く」と宣言した。このため社長夫人も工場長も致し方なく申請人が被申請人会社に勤務する意思のないことを知り前述のような不都合な行為が数々あるので解雇する旨申し渡すの外なかつた次第である。

三、本件解雇は前記(一)乃至(七)の事由を理由とした懲戒解雇である。凡そ使用者としては固有の懲戒権を有することは当然である。前述の如く職場の秩序を乱し企業目的遂行に害を及ぼす労働者の行為に対しては使用者はたとえ準拠すべき明示の規範のない場合でも企業上必要やむなきときはその行為に応じ適当な制裁を加えることは企業並びに労働契約の本質上当然であるから被申請人会社は右固有の懲戒権を根拠として申請人に対し懲戒をなし得るものであり、申請人の前記違法行為が個々の行為として軽微であつてもこれを全体としてみれば違法の度合が強いので懲戒解雇の事由となるのは当然である。従つて被申請人のなした申請人の解雇は正当である。

仮に懲戒解雇が不当とすれば被申請人は本件解雇を普通解雇と主張する。即ち被申請人は前述のような反抗的不信的非協力的態度に出たり勤務状態不良、職場秩序に違反する申請人を使用することは会社の企業自体の不利益であり同僚工員に多大の迷惑をかけひいては会社営業の能率低下となるので普通解雇すべく労働基準法第二〇条第一項により予告解雇をするものである。このため法令に基く平均賃料を支払わんとしたが申請人が受取らないので直ちに昭和三七年一〇月一〇日供託をなし解雇の手続を完了したから本件解雇は正当である。

申請人代理人は被申請人代理人の主張に対して

被申請人代理人主張第一項の事実はすべて争う。第二項中被申請人会社に就業規則及び寄宿舎規則の存在しないことは認めるがその他は争うと述べ

更に次のとおり反駁した。

(一)  被申請人代理人は被申請人会社が家族的であり互に信頼関係により平和的な雰囲気の下に各社員が協調し、経営し、就業規則も寮規則もなくとも口約慣行により職場の秩序を維持して来た旨主張するが、かかる労務管理は日本の戦前の状態と同じであり、封建的前近代的であり到底現行労働法の理念に照し容認できないものである。かかる状態から労働者の酷使が行われ搾取が生れるのであり、国家はかかる状態をなくするため労働基準法等の保護立法を制定したのである。

しかして労働基準法は最低の労働条件の基準を定め、右基準を強制することにより労働者を保護しようとするものであるが就中寄宿舎に労働者を居住させ労働させる場合に労働者の酷使その他人権侵害の発生の一因になる例が多くあるところより、種々規定を設けた。特に労働基準法は寄宿する労働者の私生活の自由と自治を重視し私生活の自由につき労働基準法第九四条第一項、事業附属寄宿舎規程第四条等により、使用者の寄宿生活に対する干渉を厳しく禁止し、また寄宿生活の秩序の基準たる寄宿舎規則の記載事項中、起床、就寝、外出、外泊等については、寄宿生活する労働者過半数の同意を得るものとし、(労働基準法第九五条)その他自治役員の選出に対する不干渉(同法第九四条第二項)を規定して、自治を保護しているものである。

しかるに被申請人は労働基準法の命ずる寄宿舎規則の作成届出もなさずして慣習として一〇時に帰寮するべしと主張しているがこれは全く当を得ないものであるのみならず帰寮時間を午後一〇時とする事業場の慣習なるものは全く存在しない。

(二)  使用者は固有の懲戒権を有する旨を被申請人代理人は主張するが右は全く誤りである。懲戒は、罰を課することであり、かかる懲戒は使用者と労働者間に支配、服従の権力関係を前提としてのみ理解できるが、近代法上の契約は、自由平等な法的人格者間の対等の権利関係を内容とするものであり、権力の設定は内容としない。従つて権力関係にない労使間において、一方が他を罰することを固有の権利として有することはあり得ない。使用者の懲戒権は労働基準法第八九条、第九一条及び就業規則を法的根拠として認められるものであり、懲戒は就業規則において、懲戒基準を明示し、右懲戒基準に該当する行為のあつたときにのみなし得るものである。

仮りに被申請人が固有の懲戒権を有するとしても、懲戒解雇は労働者を企業より放逐するもので最も重い処分であるが、申請人は懲戒解雇に価する行為は何等していないものである。本件懲戒解雇は懲戒解雇権を誤つて行使したものであり無効である。

(三)  被申請人の普通解雇の主張に対し、労働契約の如き継続的法律関係において特に労働することが、生活と直結しており、解雇が直ちに労働者の生活を侵す結果となる労働契約の解約は正当な理由の存在する場合にのみ許されるものである。仮りに普通解雇に正当理由を必要としないとしても、前述の如き重大な結果を生ずる解雇権の行使は、社会的妥当性が要求されるのであり、使用者が勝手気儘に解雇し得るものでなくその行使は信義誠実の原則に従いなされねばならない。本件解雇は信義誠実に反するものである。

(疎明省略)

理由

一、被申請人は洋服等の製造販売を営む資本金三〇〇万円の会社で名古屋市西区深井町一〇七番地に縫製工場を有し、工員等二四名を使用し、他に一〇名位の従業員を使用して製品の販売店を有しているものであり、申請人は昭和三二年四月二日より被申請人の従業員となり前記縫製工場において縫製工として働いていたところ、被申請人が申請人に対し昭和三七年九月三〇日付で解雇する旨言い渡したことは当事者間に争がない。

二、申請人代理人は本件解雇は、不当労働行為であると主張するのに対し被申請人代理人はこれを争い右解雇は申請人に懲戒解雇に値する非行があつたことに基くものであると主張するのでこの点についてまず判断する。

(1)  本件解雇までの経緯

被申請人会社に労働組合、就業規則及び寄宿舎規則がいずれも存在しないことは当事者間に争いがない。申請人本人の尋問の結果真正に成立したと認められる甲第三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第四号証及び証人加藤秀雄の証言(一部)、申請人本人尋問の結果によれば、次のことが疏明される。

被申請人会社は労働条件が悪く従業員の中にこれを改善する要望が強まりつつあつたので申請人は労働条件等の改善のためには労働組合の結成が急務であると考えそのことを同僚にも話したりしていたが、労働組合結成のための第一歩としてまず寮生を中心とした従業員が集つて被申請人会社に対する要望をいろいろ出して話し合いする会を開こうと思い、昭和三七年九月二六日頃寮生たる従業員に相談したところ多数の賛成者があつたので、同年一〇月一日に右従業員座談会を開催し、そこで決つた要望事項を代表者を出して被申請人会社に対して申出をしようということが決定された。被申請人会社の工場長加藤秀雄はこれを知り労働組合結成のため従業員が話し合いをし、更に従業員が被申請人会社と直接交渉をするということは統制上不都合なことであると考え同月二九日作業終了後申請人を呼び付け「組合を作つて会社へ話をするということは工場長を無視した行動で困る。やりたいならそういう行動のできる場所へ行つて勤めたらどうだ。一応家へ帰つて親と相談してこい。」と申し渡したため申請人はその晩家へ帰つた。翌三〇日の夜工場において被申請人代表取締役夫人細川ひな子が従業員等に対して「歌う会」のこと等について種々尋ねた上「どんな会か調べるまで歌う会に行くのは待て」と要望していたところ申請人が帰つてきて「歌う会が悪いならどこが悪いか、皆の前で答えて下さい。」と質問した。その直後に申請人は工場応接間に呼ばれ、右細川ひな子、工場長加藤秀雄等数名の会社幹部の面前において申請人が「労働組合を作ることは労働者の当然の権利である。また歌う会は悪い会ではないのでやめるわけにはいかない。会社側が私達の行動に干渉したり拘束したりすることはできない。」と主張したところ、会社側幹部は会社の方針に従わない思想が違うということで申請人に対し解雇を申し渡したので、申請人が解雇の理由を文書にしてほしい旨を申し出たため数日後郵便で昭和三七年九月三〇日付の解雇通知書が被申請人会社より申請人のもとへ送達された。右認定に反する証人加藤秀雄の証言は信用できないし他に右認定を覆すに足りる疏明はない。

(2)  被申請人代理人主張の懲戒解雇事由について

被申請人代理人主張の解雇事由(一)乃至(七)の存否及び認定された事実に基いて懲戒解雇の合理性の有無について以下判断する。

使用者は労働者に対して経営権に由来するところの固有の懲戒権を有するものであるが懲戒権の行使は企業体の経営秩序を維持し、且つその業務執行をして正常円滑ならしめるに足る必要にして最少限の範囲にとどめるべきものであると解するを相当とするところ特に懲戒解雇は労働者を企業体より排除する効果を生ずるものであつて最も重い懲戒処分であるから使用者が労働者を懲戒解雇するには当該労働者が企業体から排除されてもやむを得ない程の事由のあることが必要である。かような見解を基準として本件懲戒解雇の合理性の有無について以下判断するものである。

(一)  解雇事由(一)について、証人加藤秀雄の証言により真正に成立したものと認められる乙号各証および証人加藤秀雄の証言によれば、申請人には就業中雑談し他の従業員等に話しかけて迷惑をかけたことがあつたことが疏明されるがその日時時間について具体的の疏明がなく、又その結果企業に及ぼした影響の程度についても疏明がないから右事実をもつて申請人が企業から排除されてもやむを得ない程の事由があるとは言えない。

(二)  解雇事由(二)について、前掲乙第二乃至五号証、証人加藤秀雄の証言および申請人本人尋問の結果によると、申請人が夜一〇時過ぎに帰寮したこと、申請人が夜遅くまで他の寮生従業員に話しかけたことがあつたことは認められるが「歌う会」に出かけた場合の帰寮時間は午後一〇時三〇分位でありしかも「歌う会」は週に一回だけであること、他の用事で出かけて遅く帰ることはあつたが毎日というわけではなく他の寮生従業員と比べて特に申請人の帰りの遅いのが目立つという程ではなかつたことが疏明される。

事業所附属の寄宿舎における従業員の生活はその従業員の自治に任かされているところであるから寄宿舎生活の秩序をみだす者に対する制裁も寄宿舎にいる従業員が自治的に行うべきものであり、使用者はそれによつて使用者の企業秩序そのものがみだされない限り寄宿舎生活の秩序紊乱を事由として懲罰を加えることはできないものというべきである。申請人が寄宿舎生活の秩序をみだしたといつてもそれは右の如く軽微であつてそれにより何等被申請人会社の企業秩序をみだしたものということはできないから右事由が懲戒解雇事由に当らないことは明白である。

(三)  解雇事由(三)について、それが懲戒解雇事由に当らないことは前同様である。

(四)  解雇事由(四)について、前掲乙第四、五号証によれば申請人が正月や盆の休み中の宿直を他の従業員に交替してなさしめたことがあつた事実は疏明されるが他に替つてくれる者があれば交替を頼むことは一向差し支えないことであつてこの点も何ら申請人を解雇すべき事由とは言えない。

(五)  解雇事由(五)について、申請人が残業に協力せずまた他の従業員に残業を止める様勧誘したことは前掲乙第五号証によつてもこれを認めるに十分でなく他にこれを認めるに足りる疏明がないのみならず、時間外労働は使用者と当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、かかる労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との協定がない限り、これをなすことは許されないのであるから、その協定の存することの疏明のない本件においては申請人は残業をなす義務はなく、他の従業員に残業を止めることを勧誘してもそれは何等違法ではない。また証人加藤秀雄の証言により疏明されるところによれば、申請人が昭和三五、六年の盆休みの後北海道旅行のため五日間休んだことが無断欠勤として扱われているが、申請人は事前に工場長にその承諾を求めているのであつて、これが無断欠勤になるとしてもさして情状の悪いものとは考えられず、証人加藤秀雄の証言によれば右欠勤に対して被申請人会社は何らの制裁も課さないで本件解雇に至るまでそのままにしていたことが認められるからこれらの事実を併せ考えれば、この欠勤の点も何ら申請人を解雇すべき事由とは言えない。

(六)  解雇事由(六)について、前掲乙第三号証および証人加藤秀雄の証言によれば、被申請人会社の寮には男子寮と女子寮の二つがあり、申請人が「歌う会」の勧誘等のため女子寮へ度々行つたことがあること、男子は特別の場合を除いては女子寮へ行くことを禁止する申し合せがあることが疏明されるが右の如き寄宿舎生活における規律違反をもつて懲戒解雇の事由となし得ないことは前述のとおりである。

(七)  解雇事由(七)について、かかる事実は何ら申請人を解雇すべき事由とは言えない。

以上の如く(一)乃至(七)の事由は何れも個々において懲戒解雇事由たり得ないのみならずこれらを総合判断してみても申請人が企業から排除されてもやむを得ない程の事由があるものと認めることはできない。とすれば被申請人代理人の主張する懲戒解雇事由が本件解雇を決定づけたとみることはできないと言わざるを得ない。

(3)  総合的考察

被申請人会社は前記のとおり極めて小規模の個人会社ともいうべきものであり、労働組合、就業規則および寄宿舎規則はいずれも存在せず、労使とも家族的雰囲気の下で口約または慣行に従つて労使協調して経営されてきており、またそれをむしろ誇りとしてきたものであることから判断するとかような会社の経営者が労働組合の結成されることを喜ばないことは容易に推認できるところである。右事実に労働組合結成の動きとこれを推進した申請人の役割、これに対して有する会社幹部の認識および感情、解雇言渡し時の状況ならびにその時期等を併せ考えると被申請人会社は申請人等の労働組合結成の動きを敏感に察知していちはやくこれを阻止せんとして、組合結成準備のための従業員座談会の開催予定日の前に、その中心人物とみられる申請人を排除すべく、そのため申請人の多少の非行に名を藉り本件解雇の意思表示をしたものというべきである。

とすれば本件解雇の意思表示は申請人の労働組合結成活動を支配的理由としてなされたものであつて不当労働行為として労働組合法第七条第一号に該当し法律上効力を生ずるに由ないものである。

三、被申請人代理人は本件解雇が懲戒解雇として不当であるならば二次的に普通解雇であると主張するが前記のとおり本件解雇が不当労働行為である以上本件解雇は懲戒解雇であろうと普通解雇であろうと無効であつて懲戒解雇でなく普通解雇であると解してもこの点は何ら変るところはない。

四、前述のとおりとすれば申請人と被申請人会社との間には依然雇用関係が存在しているというべきであるから申請人が被申請人会社に対し雇用契約上の権利を有することについての疏明があつたものと言わなければならないところ申請人本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば申請人は満二一才であつて今後継続性のある勤務に従事し独立して生計を立ててゆくため被申請人会社において引き続き就労する意思があり、しかも本案判決確定まで解雇された状態を続けることは被申請人会社の従業員として技術を習得し将来に備えるのに多大の不利益を与えることになり、また申請人は資産もなく解雇されるまでは被申請人会社から支払される月額一二、〇〇〇円の賃金によつて生活を維持していたものであるが本件解雇以降その賃金の支給を絶たれていることが明らかであるところ現在まで申請人は東北民商事務員として勤務し給料月額一〇、五〇〇円の支給をうけているがこの仕事は臨時的なものであつて昭和三八年四月末日限りで辞めることになつている。よつて反対事実の疏明がない限り申請人は昭和三八年五月一日以降賃金請求権につき本案訴訟による救済を受けるまでの間に生活に窮し回復しがたい損害を被るおそれがあるものと認めるのが相当である。以上の事実によれば申請人が被申請人会社の従業員としての地位を仮りに認められるべき必要性および賃金を仮りに支払われるべき必要性の存することが疏明される。

五、よつて申請人代理人の申請のうち本件解雇の意思表示の効力を本案判決確定に至るまで停止することを求める部分および昭和三八年五月一日より本案判決確定に至るまで毎月末日限り金一二、〇〇〇円の支払を求める部分は正当として認容しその余の申請は失当として却下することとし訴訟費用の負担につき民訴法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤淳吉 村上博巳 古川正孝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例